生成AIの波がビジネスの現場に押し寄せています。ChatGPTをはじめとするLLM(大規模言語モデル)の進化は凄まじく、経営層からは「業務効率化への活用」を求められ、現場からは「早く使わせてほしい」という突き上げが来ているかと思います。しかし、セキュリティ担当者が気になるのは、情報漏洩や権利侵害といったリスクへの懸念ではないでしょうか。
「よくわからないから、一旦禁止にしよう」 そう判断したくなる気持ちは痛いほどわかります。しかし、今の時代における「全面禁止」は、むしろセキュリティリスクを最大化させる悪手になり得ます。
本記事では、なぜ禁止がNGなのかという前提から、組織が取るべき現実的なセキュリティ対策を4つの要点で解説します。
なぜ「全面禁止」はNGなのか? (シャドーAIの脅威)
対策の詳細に入る前に、陥りがちな罠である「リスク回避のための全面禁止」がNGである理由について触れます。
結論から言えば、業務でのAI利用ニーズが現場にある以上、会社が公式な環境を提供しなければ、セキュリティレベルは低下します。
理由はシンプルです。便利なツールが目の前にあるのに会社がそれを使わせない場合、成果を急ぐ従業員はどうするでしょうか?
自身の私用PCやスマートフォンや、プライベートアカウントを使って、こっそりと業務データを処理し始める可能性が高いです。
これがいわゆる「シャドーAI」の問題です。
つまり、「管理不能な領域で機密情報が処理される」という最悪のセキュリティホールを放置することになります。これを防ぐ唯一の解は、会社側が「監視可能で安全な公式ツール」を用意し、そこへ誘導することです。「禁止」ではなく「管理された許可」こそが、現代のセキュリティ対策の第一歩です。
シャドーAIが横行すると、以下の事態を招きます。
- ログが残らない
誰がどのデータをAIに入力したか、会社側で追跡・監査が一切できない - セキュリティ設定が皆無
個人の無料アカウントでは、学習データへの利用拒否(オプトアウト)設定がされていないケースが多い
組織を守るための具体的対策
では、公式に利用を許可する上で、どのようなガードレールを敷くべきか。
以下の4つの対策をセットで講じる必要があります。
ルールの策定
「セキュリティに気をつけて使いましょう」という精神論だけのガイドラインは無意味です。現場が迷わず判断できるよう、データの重要度に応じた明確な利用区分を定義してください。
例えば、社内の情報を3つのレベルに分類します。
- Level 1(公開情報): Web検索で出てくる程度の情報
→利用可 - Level 2(社内一般情報): 就業規則や一般的な議事録など
→オプトアウト設定済みの環境なら利用可 - Level 3(機密・個人情報): 顧客名簿、未発表の製品仕様、パスワードなど
→環境を問わず入力禁止
このように、「何を入れてはいけないか」の境界線を具体的に引くことが、ルールの実効性を高めます。
機密情報を入力しない
前述の通り、Level3に該当する機密情報や個人情報は、絶対に入力させない運用が必要です。生成AIは入力された情報を一時的にサーバーで処理します。セキュアな環境であっても、万が一の漏洩リスクや、プロンプトインジェクション(AIへの攻撃)による意図しない情報流出の可能性はゼロではありません。
システム的な対策としては、DLPツールと連携させ、クレジットカード番号、特定の社外秘キーワードが含まれるプロンプトが送信された際に、アラートを出したりブロックしたりする仕組みの導入も検討すべきでしょう。
オプトアウト設定
AI利用における最大のリスクの一つが、入力データがAIモデルの再学習(トレーニング)に利用され、他社の利用者が同じ質問をした際に、自社の機密情報が回答として出力されてしまうことです。
これを防ぐための技術的対策が「オプトアウト(学習除外)」です。
学習データとして利用しない設定になっているかを事前に確認します。
(無料版のアカウントや個人のアカウントは、学習データとして利用可能な設定になっているケースがあります)
AI回答をそのまま利用しない(Human-in-the-loopの原則)
入力側の対策だけでなく、出力(アウトプット)側のリスク管理も重要です。AIが出力した成果物を、ノーチェックで業務に利用することは極めて危険です。その理由は主に3つあります。
- ハルシネーション(誤り)
生成AIは確率論で言葉を繋ぐため、もっともらしい嘘をつきます。架空の事例や、存在しないソースコードを出力することは日常茶飯事です。 - 法的・倫理的問題
AIの回答に差別的な表現や、倫理的に不適切な内容が含まれる可能性があります。 - 第三者の著作権侵害
生成された文章やコードが、学習元の既存の著作物と酷似している場合、知らずに利用して著作権侵害で訴えられるリスクがあります。
対策の要は、「Human-in-the-loop(人間が必ず介在する)」という原則を徹底することです。「AIはあくまで下書き作成者であり、最終的な責任者(編集長)は人間である」が必要です。ファクトチェック、権利確認、倫理チェックは人間の仕事です。
まとめ
組織におけるAIセキュリティ対策は、「あれもダメ、これもダメ」と制限するためのものではありません。
- シャドーAIを防ぐために、公式環境を用意する
- データの重要度に応じた明確なルール(格付け)を作る
- オプトアウト設定で、情報の流出(学習)を技術的に防ぐ
- 出力結果は必ず人間が検証する文化を作る
この4点を徹底することで、セキュリティリスクを最小化しつつ、AIによる生産性向上という果実を得ることが可能になります。

